カテゴリー別アーカイブ: 独り言

夢枕

色絵寿老置物  東京国立博物館にて

色絵寿老置物  東京国立博物館にて

以前に、仕事先の人(同年輩)と飲みながら話をしていて、死ぬ時ってどんな感じだろうという話になったことがあります。
よく、人が死に掛かると夢枕に現れて、後から考えると別れの挨拶に来たんなあ、という話になりました。
仕事先の人も私も、もう父とか母とかを亡くしていますので、夢枕に親は立ったのかというと、待っていたけど来なかっと。
やっぱり、迷信なのかあと思いますが、身内だったら化けてでも出て来て欲しい気持ちも分かります。
この写真のような寿老人が夢枕に立ったら、何かおめでたいことでも舞い込んできそうです。

今時

Oregon Shaniko

Oregon Shaniko

今朝、幹線道路を運転していたら、反対車線の追い越し車線で車を押している人がいました。
車は、まだ新しそうに見える、輸入車?だったと思います。
バッテリートラブルか、ガス欠か?

大昔ですが、私が古い車に乗っていたとき、ガソリンの警告ランプが点灯すると同時にガス欠で停まった事がありましたが、
イマドキはそんなことはないでしょうね。

写真は1980年にOregonのShanikoで撮りました。
Google MapでShanikoを検索してみたら、すっかり「いまどき」の新しい街になってました。

エコ?ゴミ?

木漏れ日の下を散歩するのが好き

木漏れ日の下を散歩するのが好き


フィルム時代には、まずインスタントフィルム(FP100Cまたはタイプ55)などで撮影して、御客様にチェックをしていただいてから、フィルムで撮影をしていました。

デジタルになってから、いきなりカメラで撮影をして、カメラのモニター、或はPCの画面で御客様にチェックをしていただいて、本番の撮影に入ります。
この過程だけでも、インスタントフィルム、本番撮影用のフィルムがデジタル化でいらなくなりました。
ライティングをするときに使う、ケント紙とかトレペはまだ使いますが、背景に使うグラデーションペーパーは、フィルム撮影時には傷が少しでもついたら使えなくなって、買い換えていました。今だったら、コピペで傷が消せるので買い換えなくてよくなりました。
フィルムの使用していたときには、仕事をすればするほどゴミを出してしまうことに、軽い罪悪感を持っていましたが、今デジタル化でゴミは減りました。
ただ、フィルムを使っていた時には、フィルムを生産する人、インスタントフィルムを作る人、フィルムを運ぶ人、現像する人がいました。
その人たちの仕事は無くなってしまったので、エコになったと思いますが、不景気の一因にもなっているのかなあと思います。
写真屋にとっては、フィルム管理と同じロットのフィルムをキープしておくのが大変だったので、それがなくなったのは財布が楽になりました。

足るを知る

雲が高い

雲が高い

先日、命日の供養にお寺に行って来ました。
読経が終わってお坊様より、竜安寺のつくばいに刻まれている「足るを知る」についての話がありました。
聞いたことはありましたが、すっかり忘れていた言葉です。
話を聞いたときに、元ウルグアイ大統領のホセ・モヒカ氏のテレビインタビューを思い出しました。
この話って、住んでいる世界と時代は違うけど、同じ思想だなあと実感です。
私も人間だから、色々な物欲がありますがあまりに望みすぎても、幸せ感がもてないのかなと思いました。
それにしても、「足るを知る」というのは日本の思想だと思っていましたが、外国の元大統領に同じ考えのスピーチを聞くとは、不思議な気持ちでした。

驚いた

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最近、図書館(私が住んでいる街の)に行くと、マスコミで言われてるように、団塊の世代と言われる現役リタイヤ世代でいつも混んでいる。
私が読みたい週刊誌などは、いつも誰かが読んでいて、読むのは難しい。
私も昔は週刊誌の見出しを見ると、興味と誘惑(週刊誌の記事タイトル)に負けて、購入してました。
年金をもらう年齢になって、週刊誌の見出しを見て読みたいと思うと、見出しのキーワードをスマホに打ち込むと、それらしい記事とかニュースが出てきて、少し読むと週刊誌を買わなくてもいいかあと満足してしまいます。
やっぱり、本が売れなくなってるのなあと思っていましたが、先日子供の参考書を買いに吉祥寺の本屋に行って驚きました。
本屋のレジに沢山の人が行列をなしています。
レジが一つしか無いわけではなく、7~8のレジがフル稼働していましたが、列は
なかなか縮みません。
出版不況とか言われてますが、本って売れてるのでは、と思いました。

仕事がすんで陽がくれて

日暮れは印象的

日暮れは印象的

今日はそんなに働いた感じはありませんでしたが、何か凄く疲れた気がします。
まあ、歳をとっているので疲れるのは仕方がないのかもしれません。
若返ることができたなら、もう一度頑張りなおせるのになあと思うことはたまにあります。
でも、歳をとったから見えること(自分に対しても)感じることが嬉しくもあり、心に痛いこともあります。
日々、色々な出来事、感じたこと、私に対して辛らつな人にも感謝の気持ちを実感しながらの生活です。